呉伯焰&私学校龍眠楼

前言

呉伯焔老師が、かつて雑誌の連載に発表された「驚異の練功法による発勁」の記事を紹介する。

古来の名手の方々の発勁のエピソードや逸話は数々あるが、現在の我々には、にわかに信じがたいものも多くあり、いわゆる中国独特の「白髪三千丈」の如く思われるかもしれない。

しかし先人たちのエピソードや逸話の中にこそ、隠された意図や読み取るべき本質が含まれている。練功法や発勁法について、自分ができないからとこれらを否定するのは早計である。

逸話の世界を「高手・名手だからこそできる別世界」と諦めてはならない。歴史を経てなお伝えられた意味を考え、わずかであっても実現できるようチャレンジする姿勢こそが大切と言える。

2022年09月19日 耿月如

以下上2媒体にて発表済み文章から一部加筆し転載。いずれもベースボールマガジン社刊行

  • 雑誌「中国武術」スポーツマガジン8月号(昭和60年8月25日)
  • 「国術技撃操典」呉伯焔&龍珉楼:編著
驚異の練功法による八勁

1.戦慄すべき形意拳の寸勁

鑚拳1-6
▲秒間二十四コマのアイモ改造機で撮影。消える直前に(四コマ目)炎が下方へねじまげられているのがわかる。
24コマ形意拳
▲秒間二十四コマのアイモ改造機で撮影。

「発勁とは簡単に説明するならば、重心を拳脚なり攻撃部位の一点に集中させるものだ。むろん、各門派によってその方法、即ち導き方は異なるが、要点はこの事のみである。 体重というものは個人差は激しいが、重心は体格の大小関係なく、皆大差無い。 従って重心と体重は全く別のものであり、この持論から行けば、兵器の先からでも発勁は可能であると断言できる」これが呉氏の説くところの「発勁の定義」である。 そこで編集部及び力メラマン、スタッフ一同、何とかして発勁の決定的瞬間を撮れないものか?と呉氏に相談したところ、「少しでも読者の方々に御理解いただけるのなら」と快く承諾していただいた。 撮影は厳重なチェックのもとで行なわれた。トリックなど全く不可能な条件下での撮影であり、使用道具はもちろんの事、力メラも二台(うち一台は一秒間に九コマ撮影可能のモータードライプ。 もう一台は、一秒間に二十四コマ撮影可能の超高速度力メラ(アイモ改造機)を使用した。 残念ながらモータートライプでは、あまりに呉氏の発勁が速すぎて決定的瞬間は撮れなかったが、アイモ改造機ではかろうじて撮影に成功することができた。 以下、およそ一般常識では考えられない「事実」を紹介しよう。 まず、ローソクの前で呉氏が構える。ついで軽く拳を至近距離から半転、炎は一瞬にして鋭い音と共に消えた。 この間、呉氏は始終足は不動であり、念のために呉氏の口と鼻口にガムテープを張ってもらった。 また衣服による風圧を避けるため袖まで衣服をまくっていただいたが、結果は写真をごらんになれば一個瞭然。 ローソクの炎は、下方へねじまげられ、あるいはローソクの芯から炎のみ吹っ飛んでいる。 呉氏によれば敵の身体に触れてから初めて拳にねじりを加えるとのことであるから、逆説的にいえばこの瞬間こそ、発勁が送り込まれた状態であるといえる。 そして驚くなかれ!なんと秒数に換算すれば約秒間24コマのアィモ改造機で撮影0.0四一六六秒なのである! 立会った編集部員やスタジオ関係者も、呉氏のモーションは眼ではとらえることができなかった。 しかし、アイモでは、この瞬間を見事にとらえている。 敵の身体に触れたのが約0.0四一六六秒でも、構えてから完全に触れるまで(勁を送り込むまで)だと、アイモでは六コマ。 つまり約0.二四九秒で勝負は決まっていることとなる。 呉氏に「実戦では疾歩などの歩法を用いて飛び込みざまに打突を行ないますから」と笑顔で説明していただいたが、 そうなれば当然、加速力がプラスされるわけだから……考えただけでもゾッとするではないか。 そういえば昔日の名手尚雲祥や郭雲深などの逸話を読むと、敵に接近して、わずかに動いたかと思うとすでに敵は倒されていたという。 この実験結果を見るにつけ、あながち「単なる伝説や誇張」とは思えない。 もちろん呉氏が尚雲祥派形意拳の嫡伝を受け継いでいるから当然の理だ、といってしまえばそれまでなのだが。

鑚拳9コマ
▲秒間9コマのモータードライブで撮影。2コマ目ではローソクの芯から炎が吹っ飛んでいるのがわかる。

2.炸裂!分勁の威力

分勁1-2
▲秒間9コマのモータードライブで撮影。肩と肘は完全に伸びて、拳面は物体に軽くつけたまま。 微動だにモーションをかけていない。一方、対応者は弾かれたように、激しく後方へ吹っ飛ばされている。 (写真左から右へ①~⑥)

いくら速度が驚異的であっても、威力的に劣るならば武術価値は無い。 上述のように呉氏の発勁速度で攻撃されるのならば、まず敵はそれを避けることは不可能だと考えられる。 では威力面においてはどうだろうか?それに対する答えが、この実験である。 あらかじめ加速度や力を排除する意味で、呉氏には肩・肘を完全に伸ばしてもらい、さらに両足は不動、拳は軽く物体(電話帳よりやや厚めの雑誌〉につけてもらい勁を発してもらった。 物体との距離はゼロこれを「分勁」と呼ぶそうだ。結果は写真でわかるとうり、呉氏の鋭い空気を切り裂くような一喝と共に、被験者は一瞬にして地へ叩きつけられた。 しばし荘然とする我々に対し、呉氏は「今のは八極拳による発勁ですから……」とポツリと説明してくれたのが印象的であった。

分勁3-6

3.神打(排打功斬法)

排打功1 排打功3 排打功2

「およそ中国武術というものは①攻撃する側と②攻撃される側の二面性において研究されている。 なかでもこの排打功は②に属すもので、即ち自己の身体に対する抵抗力を強化するを主旨としたものである。」との説明を受けた。 今回は最も危険な「斬法」の撮影となった。 使用するジャングルナイフは鋭利に研磨され、すばらしい切れ味を示した。 それを直接自己の身体に当てて、上よりハンマー等で1腹部2腕部3頸部4額部を強打するものである。 一般にTVや雑誌などで紹介されているものの九割以上は、たいていは刃部や身体に油を塗ったり、 刃引きを行なったものを用いる「大道芸」的なものが大半だが、今回は呉氏の身体はもちろんのこと、刃物に至るまで厳重なチェックを行なった。 呉氏は実験後「これはあくまでも練功法の一部で、従って決して売り芸では無い。 練功法はあくまでも練功法であって、それがすべてではありませんので了承願いたい。 中国武術界では特に型や用法よりも、こうした練功法を秘匿する場合が多いため、あまり一般的には知られていない。 昔日の名手高手の伝記を読むと、たいていは虚弱な身体の状態から入門し、 それが数年後の大成時にはまるで別人の如きスーパーマン並の身体の強固さになっているという、パターン化された話が多いが、これはひとえに練功法によるものが大である。 たとえていうならば新薬(化学合成による薬)と漢方薬の違いのようなものだ。 新薬は確かに劇的効果とも呼べるべき速効性があるが、それは一時的な対処療法にすぎず、一方漢方薬は速効性こそ劣るが、毎日毎日の服用により体質を根本から改善していく。 ちょうど練功法は漢方薬のようなもので、一朝一夕では完成は困難である。」との説明をされた。

▲撮影に使用したジャングルナイフの切れ味は抜群。編集スタッフの厳重なチェックを済ませて、最も危険な「斬法」の撮影は行われた。いかなる人も決して真似をしてはならない。

4.力学や物理学も否定した意功打法!

意功打法1-3
▲撮影のために何度も繰り返しやっていただいたため、最後には薄紙の方も破れてちぎれてしまった。秒間9コマのモータードライブで撮影

この実験は相手に割箸を強く固定してもらい、それを極めて薄く裂いた紙(割箸を包んでいた紙を裂いたもの)で割箸を切断するものである。 時々、TVなどで名刺を用いて行なうものがあるが、あれはあくまでも「瞬発力」と「応用力学」のコツであり、素人にでも簡単にできる性質のものだが、 今回の実験は『絶対に力学的にも物理学的にも不可能』と呼べるべきものである。 念のため呉氏の手と指をガムテープで完全に固定させていただいた。 また割箸に紙をつけた分勁と、軽いモーションでの二通りを実演していただいた。 カメラも多角的アングルから撮影を行なった。 結果はものの見事に切断されていた!!この事実はいったいどのように説明すれば良いのだろうか? 最後に呉伯焔氏の総論を以ってこの実験を締めくくることにしよう。一 「今回の実験写真を見る限り、非常に私自身参考になりました、だからといって自分自身で別段驚くほどのものではないですね。 これまでの自己研鎖の結果が現象化しただけですから。むしろ当然の事だといえるでしょう。 機械はそれを忠実にとらえているだけの話にすぎません。 大切なのは発勁にしろ練功法にしろ、日々の積み重ねによって築きあげられた結果の一端でしかないということです。 実戦ではこれプラス攻防技術が加わるわけですので、ただ単純に発勁のみを以ってクローズアップする事は、あまり好ましくないでしょう。 しかしそれすらも使えない者が発勁について語る資格などありえません。 私はこれまで激論を吐いてさましたが、それはひとえに本当に心から中国武術を愛する者としての信念によるものです」。

意功打法5
▲手はガムテープでグルグル巻
24コマ 意功打法4
▲割箸に紙をつけたままの状態からの分勁。秒間24コマのアイモ改造機で撮影した連続写真が、これだ!

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